コンプレックスの地層!


コンプレックスには地層がある。

まるで地質学者がみる地質のようなものだ。

いちばん下には親からも教師からもだめな子だと言われ続けてできた枯れ草の地層がある。

中間層にはそれでも名誉挽回しようと、スポーツに、勉学に明け暮れた水色の地層がある。

その上には、恋愛、失恋、挫折、絶望の中に生きてきた青黒い地層がある。

その上には、壮年期のしゃがれきったセピア色のようなくすんだ地層がある。

いちばん上には、枯れたものの、若々しい色の地層が現在進行形で積もり続けている。

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世の中、なるようにしかならない!


 2月26日は何の日かというと、84年前のこの日、226事件が起きた日だ。右翼の陸軍兵士がクーデターを起こした。だが、それを押さえ込んだ陸軍が力を得て、その後、日本の泥沼のような戦争と敗戦に導いた。

 そんなことを思いながら、周りを見ると、大人たちが子どもの遊びをやっている。数十年前、「わが家では 子供ポケモン パパノケモン」と言われた時代は遠いものになった。今ではパパが子どもをのけもんにしてポケモンに夢中だ。日本という国を憂う人たちが必死になって生きた時代は遠い世界になってしまった。

 だが、そんなことは言っていられない。すでによくわからないウイルスが世界中に蔓延しているようだ。中国、韓国、日本ばかりではなく、欧米世界にも広がりつつあるようだ。日本でもすでにサッカーや野球のゲームに影響が出ている。無観客試合、或いは延期するという判断も出ている。

 株価も下落、旅館業や飲食店も大きな打撃を受けているだろう。ぼく自身、一週間に一日しか仕事がなくなったが、その日以外はできるだけ近場しか出ていかない。それに、飲食店にも入らない。おそらく、世界の経済は落ち込むだろう。

 さて、こんな時はどうすればいいかというと、とにかく沈思黙考がいちばんだろう。あれこれ考えず、ただひたすらじっと耐えて、考えることを深める以外にすることはない。意識を深めるチャンスなのかもしれない。旅行業者、サービス業者にしても、ここは未来を見据えた、構想を練る時かもしれない。

 ただ、そういうのんびりしたことは言ってはいられない人もいるだろう。それでも、世の中はなるようにしかならない。入院した人が、ここは嘆くのではなく、じっくりと養生しながら、将来について考えるような、そんな時なのではないだろうか。

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自由


民主主義において人は基本的に自由だ。

だが、人間として束縛されている。

何よりも煩悩だ。

物欲、性欲、権力欲、独占欲など、

あらゆる煩悩に束縛されている。

これらの欲望から解放されない限り、

真の自由はない。

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世界は悲愴に満ちている


地球上で、新型コロナウィルスによる感染者、死者が増え続けている。

そればかりではない。インフルエンザによる死者も増加している。

ウィルスによる死者が増えていると同時に、山林火災や自然災害による死者も増えている。

それだけなら、まだいい。何と人間同士が殺し合っている。紛争による難民や死者も増えている。

今、人々は助け合うべき時なのに、殺し合っている。この上なく愚かなことだ。

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煩悩


人は生きることに苦しむ。

その理由はみな煩悩のせいだ。

煩悩を捨てて、純粋に生きられたら、

どんなに楽なことだろうか。

そんな余生を願っている。

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世界的危機!


ニュースによれば、新型コロナウィルス感染は東アジアだけではなく、世界中に広がっているようだ。

イタリア、中東でも感染者が出たという。中国はもちろんひどい被害を受けている。韓国、日本も多くの感染者が出ている。

いろいろなニュースを見ていると、これは人類が神の領域を侵していることに対して神が怒っているような気がしてならない。

遺伝子操作をして、神の領域を犯した中国に始まった新型コロナウィルス、それが世界中に感染を広げている。

アメリカでインフルエンザウィルスで大勢の人が死んでいる。ウィルスによって、人類が危機に瀕している。これは神の仕業としか言いようがない。

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格差!


学生時代、ぼくには金持ちの友人がいた。彼はぼくをいろいろなところへ連れて行ってくれた。彼は月7万円の仕送りがあった。ぼくの仕送りは1万円だった。

彼はコンサートのチケットを一つ一万円で購入し、一月の間にいくつか聞きに行っていた。ぼくはそんな彼をうらやましげに見つめるだけだった。

今思えば、ぼくはコンサートと言えば、招待券をもらって行ったジャズコンサートが1回しか記憶にない。今もコンサートに行く気がしない。

劇団四季もジャニーズもアイドル歌手、グループも見に行こうとは思わない。何しろ、そんなものに金を払うぐらいなら、食費に使ったほうがいい。

今、日本にある娯楽と言えば、野球観戦、相撲観戦、落語、アイドルのコンサートなどいろいろあるが、そのうち行ったのは野球観戦のチケットをもらった時だけだ。

ぼくは低所得者層に属している。回転しない寿司屋に入ったのは先輩に無理矢理連れられて行った時だけだ。高級料理店など入ったことがない。

ぼくにとって、贅沢は常に敵だった。そんなことを思いだしながら、思うことは、これでいいのだということ。別に贅沢なことをしたことがないのも人生だ。

贅沢をし尽くしている人もいるが、それも人生だ。ぼくはぼくだ。彼らのマネをしたいと思わない。

今、ぼくは安い食材をスーパーで買ってきて毎日、料理をしている。高級レストランに入れば、自分ではなくなる。

贅沢は敵だ、収入は、一ヶ月十数万円だ。相変わらず貧しいほうだが、それでも生きている。それでいいのだ。

贅沢をする人と贅沢をしない人と格差は確実に広がっている。世界はどこか歪んでいるように思えてならない。

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春、如月!


 春が来た。色とりどりの花の咲く春が来た。

 今日2月23日は天皇誕生日。陰暦では、睦月(一月)三十日だ。

 明日2月24日は陰暦で、如月(きさらぎ、二月)一日。如月(きさらぎ)と言えば、思い出すのは、西行法師の和歌。

願はくは花の下にて春に死なんそのきさらぎの望月のころ

山家集-西行法師

 願うことは桜の花の下で春に死にたい、その年の如月の満月の頃に。

 如月満月のころである二月十五日は釈迦入滅の日とされ、現在では、涅槃会という行事が行われている。入滅とは、涅槃に入り肉体的な欲求や煩悩から完全に開放されるということのようだ。

 詳しいことはよくわからないが、僧である西行法師は釈迦の亡くなった日を意識していただろう。

 今年の如月望月は陰暦二月十六日(望月)、新暦でいうと、3月10日だ。今年は桜の開花予想は、暖冬のせいで早くなり、3月15日頃だと予想されている。

 西行法師が亡くなったのは、文治六年如月十六日(1190年3月31日)、享年73歳だ。まさに願いがかなったわけだ。その日から今年で830年になる。

 ぼくは僧侶ではないが、西行法師と同じく、桜と満月のころ、死にたいのである。いつにの年になるかはわからないが、西行法師と同じ72歳まで生きて、世界を見てみたいものだ。

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新型コロナウィルス


地道な努力を続けること以外に何ができるだろうか。

新型コロナウィルスの出現によって、世界地図は大きく変えられようとしている。

だけど、ぼくに出来ることは限られている。

小さな国の小さな存在であるぼくに出来ることは祈る。

世界中が早くこのウィルスからの危険を脱出してくれることを祈るほかない。

言えることは、これは神が与えた人類への試練かも知れない。

人類はこのウィルスにどう対処するのかと試されているのかもしれない、

人類はこの危機にどう対処するか

それは自己保存ばかり考えている人には答えなど見つからないだろう。

今、必要なリーダーは自己の利益に拘らない人だ。

世界のリーダーたちの中にそんな人はいない。

これは地球の歴史上最大の危機なのかもしれない。

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困っても困らない


嘘つきリーダーは困っても困らない。

大したものだよ。

嘘に嘘を重ねても、潰れない。

大したものだよ。

嘘をついても平気でいるなんて、

大したものだよ。

だけど、心のどこかに、

苦いものを持っているはずだよ

そいつを吐き出しら楽になると思うよ。

嘘をつき続けるのはひどい苦痛だと思うよ。

それでも嘘を続けるなんて、やっぱり、

大したものだよ。

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