距離!


人と人との距離が離れていく。

親しい友人とはもう3ヶ月会っていない。

仕事上の友人たちとも2ヶ月会っていない。

兄弟たちとはもう一ヶ月会っていない。

新しく知り合うはずの人たちとは未だに出会えない。

バスや電車で隣り合う合う人もいない。

歩道ですれ違う人ともいない。

レジで並ぶ人との距離も離れている。

国と国との行き来もなくなり、

人と人、国と国の距離はますます離れていく。

だけど、今、世界は一つになろうとしている。

一つの脅威に向かうために。

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今を生きる上で大切なこと。


 毎日、届けられる情報の中には、悲観的な情報と楽観的な情報とが混在している。

 どちらかが真実で、どちらかが嘘だということはない。どちらとも真実である場合もあるし、どちらとも嘘である場合もある。情報とは本来そんなものだろう。

 だから、最初から、あらゆる情報を半ば疑いつつ、できるだけ多くに耳を傾けるようにしている。

 ただし、危険なことに関しては、できる限り近づかないほうがいいということは、どんな場合でも通じることだ。

 何事も過ぎることはよくないが、今回の事態に関しては、用心に越したことはない。今の状況では最大限に用心しつつ、決して悲観的になりすぎず、ただ、希望を捨てないことだろう。

 今、目の前にある危機について、肝心なことは、「感染しない」、「感染させない」という警戒心とともに笑顔を忘れない心だ。

 さらには、祈りと励ましであるように思う。いつになるかはわからないが、必ず復活の時がくることを信じよう。

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近くて遠い町!


我が家は神奈川県川崎市にあるのだが、いつも利用するスーパーも郵便局も薬局も、みな、横浜市にある。主に散歩するのも横浜だ。また、30分ぐらい歩けば、東京都に入ることができる。

さて、最近は各地で桜の花が満開を過ぎて、次第に散り始めている。いつもなら、上野公園、横浜の山下公園、東京の目黒川など、皇居の桜などへ行って、桜を愛でて歩いているところだが、今年はそうはいかない。

電車には乗らない。バスも極力乗らないようにしている。怖いのは飛沫感染だけではない。バスの手すりも怖い。今の状況はどうすれば大丈夫なのかよくわからない。だから、花見に行くにしても、歩いて行ける所で、しかも人が大勢いない所だけだ。

言い換えれば、近所の桜だけだ。パンフレットやインターネットで関東各県の桜の名所を見ては、電車あるいはバスで行かなければならないとなると、やはり遠いなと思って遠慮する。

今年は桜を十分に楽しめないうちに桜の季節は過ぎていくようだ。アパートの前の桜は数日前からすでに葉桜になっていた。花びらは数枚残っているだけだ。昨日はまた近くの神社へ行って、コロナウィルスの早い終息を祈ってきた。

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文化の火!


 今、COVID-19の感染者数は100万人を超えた。死者も5万人強、感染したら20人に一人は死ぬことになる。

 それだけではない。経済的被害は甚大だ。飲食店や遊園地、観光関係の人たちも大変だ。ぼく自身、仕事がないので、困っている。

 収入がわずかしかないのだから、当然、交通費は使わず、食費も制限して、節約する他ない。

 世界はとんでもない状況に陥っていて、各国政府も必死で自国を守ろうとしている。個人も団体も自己を守ろうとしている。それでも、守るのが難しいものがある。

 長い年月をかけて培ってきた文化だ。客が来ないし、密閉、密集、密接の三密を避けなければならない以上仕方のないことだ。

 その結果、特にスポーツ文化や観光文化、娯楽文化は今にも消滅しそうな状況に陥っている。文化の火が風前の灯だ。

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危機を危機として捉える!


 自動車電話やロボット、それに宇宙船やロケットなどもそうだが、SF小説やSF映画において描かれたものが、20世紀後半から21世紀の現代にかけて、次々と現実のものになっている。そのうち、ターミネーターの世界も現実になりかねない。

 一週間前には世界全体で、50万人だったコロナウィルスの感染者数が昨日100万人を超えた。死者は今や5万人だ。感染したら、20人に一人が死亡するという現状に恐怖を覚えない者はいない。これもバイオハザードなど、SF小説や映画の世界が今、現実に近づいている。

 また、外出を控え、消毒、うがいなどを慎重に行いながら、外出を控えてきた人も感染したというニュースがあった。おそらく、何かにウィルスが付着していて、それに触ったためかもしれない。母は怯えている。エレベーターのボタンや階段の手すり、それに、バスのつり革に触るのも怖いと言う。

 母の恐れは当然だし、そうすべきだ。誰もが今は慎重にしなければならない状況だ。出かける時はマスクに手袋をして出かける必要がある。今、世界はあちらこちらで都市閉鎖をしているが、今の日本も警戒しなければ、都市閉鎖をせざるを得ないだろう。

 ところで、ぼく自身、以前から、外食はほとんどしない。自宅で食事を作っている。出かけるにしても、イベントやコンサートなど大勢の人が集まるところは嫌いなので行かないし、みんながいいと言うところへ行きたいと思わない。友人と会うにしても、3ヶ月に一度だけだ。

 先月は、母と二人だけの生活をしていて、他の親戚や親友とも会っていない。必要があって交通機関を使ったのは3日だけ、それ以外に出かけたのは散歩と買い物だけだ。それでも、感染する可能性はある。用心に用心を重ねるほかない。世界中の誰もが危機を乗り越えるために、感染しないこと、感染させないことに注意しなければならない。

 今、いちばん危険なのは、「自分だけは大丈夫だ」とか、「感染しても、問題ない」という安易な楽観論だ。ほんとうに大切なことは危険を危険として認識することだ。怯えること、不安を感じることは人間が生き残るため、また人類保存のため、人類が持っている最も重要な本能だ。

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必要なこと


僕らの世代がするべきことの第一は未来を守ること。

子どもや孫や、ひ孫たちの平和を保つこと。

そのためなら、どんな犠牲も払うという覚悟だ。

世界は本当に危険な局面にある。

そのことを世界中の誰もが本当に理解すべきだ。

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ノアの箱舟


旧約聖書の創世記に出てくるノアの箱舟。神が人類の堕落を怒って、起こした大洪水に際し、神の啓示に従って、ノアは大きな舟を作り、家族と雌雄一対のすべての動物を引き連れて乗り込み、そのため、人類や生物は絶滅しなかったという話。

今、新型コロナウィルスの感染拡大の様子を見ていると、どうしても、ノアの箱舟を思ってしまう。SF世界のような人類の危機が到来しているのだ。今、自己保存に徹しているリーダーは要らない。必要なのはただ世界を案じるリーダーだ。

それは聖書が示すノアなのかもしれない。ふと、子どもの頃に読んだ聖書のことばが脳裏によぎる。それほど、地球規模の人類史上最大の危機のように思えてならない。

さて、今、ぼくらがなすべきことは、アンネの日記のようなものだと思う。今という時代に生きているぼくらが今の状況と、感じていることをしっかりと書き残すことだと思う。

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ただ一つ必要なもの


今の時代、何が必要かっていったら、

ただ一つ、誠実なことだ。

嘘つく奴は要らない、遠くへ出かける必要もない。

地位も名誉も大金も要らない。

あるべきは誠実さだけだ。

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苦しい時代に生きる意義?


今、世界では、コロナウィルスのせいで、100万人近くの人が感染し、5万人近くの人が死んでいる。この間のニュースでは、幼い子供の命も奪われている。

こんな惨状があることが信じられないのだが、もしも、神がいないのなら、納得できる。

だが、もしも、神がいるのなら、これは神の仕業に違いない。人類を大いに苦しめて、まったく新しい時代を迎えるべきだというメッセージなのかもしれない。

仮に、神がいながら、こんな事態になったのなら、これは悪魔の仕業に違いない。あらゆる文化が消滅しようとしている今こそ、今を意識して、しっかりと世の中を見つめたい。

それが、現代人の生きる意義なのだと思っている。しっかりと目を開いて、世界を見つめるべきだ。そして、己の生き方を考えるべき時なのだ。

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声!


声、特に美しい、あるいは正しい声、市民の意見は消される。

古代より繰り返されたことだ。そうした声は独裁者たちに聞こえない。

現代、最も大事なのは、政府高官の意見じゃない。一般市民の声だ。

これは世界共通の事項のことであるはずだ。それが聞こえない為政者はさっさと退くべきだ。

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