山僧活計茶三畝


山僧活計茶三畝、漁夫生涯棹一竿。

「さんそうがかっけいちゃさんぽ、ぎょふのしょうがいさおいっかん」と読む。

禅語で、意味は山の僧侶は暮らしにはわずかな茶畑があればいい。漁師の生涯には竿が一棹あればいいということ。

世の中にはあれもこれも手に入れないと幸せを感じられない人がいる。その結果、欲張って、それで、多くの人が失敗してしまう。「わずかなもの、これさえあれば、十分だ」という考え方ができれば、いいのだ。

昔、何かの読んだ本の中にこんな話があった。

広大な土地を持っている人が、人に土地を譲ろうとして、こう言った。「朝、日が出てから、沈むまでの間に歩いて戻ってきたら、その歩いた範囲の土地をあげよう!」これを聞いた欲張りな男は、朝日が出るとともに、出発して、昼過ぎても、まだまだ先まで歩き続け、さて戻ろうとしたが、結局、元の場所に戻れずに、ばたりと倒れてしまった。欲張っちゃいけないということだ。

生きるのに必要なものはそんなに多くない。わずかなものがあればいい。

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8月15日


終戦記念日だというが、実は敗戦記念日。

敗戦記念日といえば、

戦争に敗れたことを忘れまいという意思が含まれる。

終戦記念日といえば、

戦争に敗れたことを忘れようという意思が含まれる。

 

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8月の蝉!


先祖の霊が戻ってくるお盆、蝉の声がうるさいくらい、泣き続けている。蝉の一生は地中で数年、地上で数週間泣き続けている。生まれては死ぬことを繰り返している。この8月の前後に地球上の至るところで、何百という蝉が地上に出て、鳴いて、死んで行く。

枯れ木の中で孵化した後、脱皮をして地中に潜り込み、木の根から樹液を吸いながらの数年間の地下生活。数年後、木の根を辿って地上に現れて木を登り、羽化した後は、サンサンと輝く午後の日差しの中、ジージーと、ミンミンと鳴き続ける。その鳴き声に汗がジトジトと流れ出る。

ところで、君は鳴く以外に何をしてるの。幼虫の間はこっそりと生きて、成虫になったら、樹液を吸い続け、交尾をして、産卵をして、死んでいく。この命のシステムにはどういう意味があるのだろうか。

人間の知ることのできない何かの知恵が働いているのだろうか。神のみぞ知るということか。

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秘湯!


秘湯は大好きだ。いくつか知っている。だが、それを、テレビであるいはネットで、Youtubeで、「秘湯」として世に知らせる人たちがいる。

世に知らせれば、その時点で秘湯ではなくなる。それを承知で紹介しているのだろうが、ここにことばの意味の変遷がある。

秘湯とは辺鄙な場所にあって人に知られていない温泉だ。だが、Youtubeで多くの人に知らせたら、もう秘湯ではなくなる。辺鄙な場所に有る温泉という意味に変わってきた。

これは秘密だよといって、多くの人に知らせる人がいたら、もう秘密ではなくなる。ことばのもつ不思議な一面だ。秘湯はもう秘湯ではなくなった。

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水清無魚


水清ければ魚住まずと同じ意味を示す四字熟語だ。水が清らかだったら、魚はいないということ。この世の中には汚れたことが多い。汚れた世の中を嘆いていても仕方ない。清濁併せ持つ精神も必要だ。

中国古代の政治家屈原は自分一人が清らかで、世の中が汚れていると言って嘆いた。その屈原に老人が言った。「聖人は世の中の汚れていることも知りながら、清らかに生きるのだ」と。

そう!世間には嫌なことも呆れることも汚れていることも多い。だが、そのことを悲観してばかりではだめだ。嘆くのではなく、ただただ、自らを清らかに保ち、世の中をよくしようと精一杯生きていくことこそ重要なのだ。

 

 

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冗談と本気


冗談に本気を混ぜて変化をつけるのは、よいことである。

<『ベーコン随想集』(言葉の贈り物)>


本気に冗談を混ぜるのではない。

冗談の中に、本気を入れるのだ。

これは確かに金言だ。

生き方にもいろいろある。

いつも本気ばかりで、

時々冗談を言う人の話を聞くのは少しつらい。

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30℃、70%


13日はお盆、先祖の霊が帰ってくる日。

お盆休みで、多くの人がせわしなく準備したり、ゆっくりと家族とくつろいでいるだろう。

自分は何も特別なことをしていない。

ただ夜遅くまで起きて、10時頃起きるという日々の繰り返しだ。

現在13日午前2時半。

室内の気温は30℃、湿度は70%を示している。

エアコンは壊れているようで、効かないので、窓を開け、扇風機をつけている。

汗はゆったりと流れ落ちる。腕の下に敷いているタオルはびっしょり濡れている。

天気予報を見ると、ここの最高気温は34℃、最低気温は27℃とあるが、

どうも部屋の中のほうが暑いようだ。

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景気!


むかし景気のよかったものは復古を主張し、いま景気のよいものは現状維持を主張し、まだ景気のよくないものは革新を主張する。<『魯迅評論集』(岩波文庫の名句)>


いまもむかしも景気のよくない自分は、現状を否定し、革新を主張したい。なるほど、今の政府を批判したくなるのは当然だ。現状維持を主張する人たちはいま景気がいいのだろう。

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人生!


1885年8月12日、坂本九はJAL123号の飛行機が御巣鷹山に墜落して亡くなった。彼をかわいそうだという人もいるが、ぼくは彼を幸せだと思っている。なにしろ、今もじぶんの心の中で、彼の歌が生きているのだから。

人は一生懸命生きて、一生を終える。それでいいのだ。だれでもいつか最期の瞬間が訪れる。それがいつ来てもいいように生きていきたいもので、そうやって生きた人間の人生はかわいそうではない。幸せなのではないか。

父は54年間を一生懸命生きて亡くなった。それを今は理解している。だから、父をかわいそうだとは思わない。よく頑張ったね!と思っている。

母はよくじぶんの父、つまり母にとっての夫のことをかわいそうだと言う。最近になって父の人生は素晴らしいものだったと理解している。与えられた人生を精一杯生きたのだ。だから決してかわいそうだとは思わない。

一生懸命に頑張って亡くなった人たちはそれだけで幸せなのだ。じぶんもそういう幸せにあやかりたいと思っている。そのためには死を前向きに捉えて、そのゴールに向かってあらん限りの力を尽くして生きていきたいと思っている。

与えられた人生を精一杯生きることこそ人間の権利であり義務であると思う。よく生きる権利と人生を楽しまなければならない義務があるのだ。

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上を向いて歩こう!


8月12日は御巣鷹山にJALの飛行機が落ちた日だ。520人の方の命が失われた。その中に歌手の坂本九さんがいた。

自分がいちばん好きなのは坂本九の「上を向いて歩こう」だ。その坂本九が、1985年8月12日、JAL123号の墜落で亡くなった。

二十代のころ、よくこの歌を口ずさみながら歩いたものだ。日本の歌謡曲のほとんどが好きになれなかったが、この歌だけは、自分の心をいつも慰めてくれた。

坂本九の歌う「上を向いて歩こう」はこちらから視聴できる。


「上を向いてあるこう」

歌:坂本九
作詞:永六輔
作曲:中村八大

上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
思い出す春の日
ひとりぼっちの夜

上を向いて歩こう
にじんだ星を数えて
思い出す夏の日
ひとりぼっちの夜

幸せは雲の上に
幸せは空の上に

上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
なきながら歩く
ひとりぼっちの夜

<口笛>

思い出す秋の日
ひとりぼっちの夜

哀しみは星のかげに
哀しみは月のかげに

上を向いて歩こう
涙がこぼれないように

泣きながら歩く
ひとりぼっちの夜
ひとりぼっちの夜


 

何人かの歌手たちが一節ずつ歌う「上を向いて歩こう」

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