秋深き隣は何をする人ぞ


 
 昨日今日と、昼はそれほどでもないが、夕方ぐらいから、寒さが身にしみるようになってきた。秋も深まったということだろうか。秋は人恋しく感じる季節だというが、寒さのせいか確かに寂しさを感じる今日この頃だ。
 冒頭の句の意味は、「秋も深まった。こうして自分が一人でひっそりとしていると、隣にも同じようにひっそりとしている人がいる。その人はいったい何をして生活しているのだろうか」
 だいたいそんな意味である。作者は松尾芭蕉で、所収は『笈日記』。芭蕉は、句作に没頭していたのだろうか、ひっそりとして部屋にこもっていたら、隣の人も同じようだ、さて、どんな人なのだろうかと、興味を示したわけだが、これは自分自身の寂しさをも詠みこんだもの。
 ブログもそうだ。部屋にこもって、パソコンの前で、文章を練っていると、ふと、誰かも同じようにしている人が、私のほかにも、ネットの中にいるはずだ。さて、その人はどんな人だろうか、何をしているだろうかと興味を抱いてしまう。特にメッセンジャーにログインして、取り込み中などにしていると、ログインしてきた友人のことを考えてしまう。今、何をしているだろうか。パソコンで動画を見ているのだろうか、ブログを書いているだろうか、自宅で仕事をしているのだろうか。等等いろいろ想像してみる。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
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