わびぬれば


わびぬれば 今はた同じ 難波(なにわ)なる みをつくしても 逢(あ)はむとぞ思ふ(後撰集・恋/元良親王)
【歌意】
 こんなに思い煩い、悩んで、つらい思いをしているのだから、もう、今となってはどうなっても同じことだ。難波にある澪標の名の通り、身を滅ぼしてでも、あの人に逢おうと思っている。 
【解説】
 「みをつくし」は「澪標(みをつくし」と「身を尽くし」の二つの言葉を掛けたもの。掛詞(かけことば)という技巧(ぎこう)。
「澪標」とは水路を示すために水中に立てられた木の杭(くい)のことで、船が往来(おうらい)の際に目印(めじるし)にしたもの。「身を尽くし」は文字通り、身を滅(ほろ)ぼすこと。
作者が天皇の妻と密会していたことがばれてしまった。ええい、こうなったら、どうなってもかまわない。どんなことをしても逢おうという決意を表明した歌。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
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