無題


もう生きているのも嫌だと思うくらい煩わしいことが続いて、それでも、前向きに生きようと耐えながら、少しずつ前進したり、大きく後退したりしながら、最近、ほんの少し安心できるところに落ち着いたかなと思ったら、別の煩わしいことが起きて、あるいは巻き込まれて、本当に辛いと思いながらも、前向きに考えていたのに、泣きっ面に蜂さながらに、さらに煩雑な事が続いて、果たして煩わしいことのないこの世などあるのだろうか、きっとあり得ないのだ、などと考えていくと、それはまるで、ぼくの場合、子供のころから絶えず続いている「頭痛」と、青年期に痛めて以来、毎日抱えている爆弾のような「腰痛」と同じようなものだろうか、ぼくに限って言えば、「頭痛」や「腰痛」のないこの世はないわけであって、頭痛と腰痛から逃れたければ、あの世に行くほかないのだから、そう考えると、ふとあの世に憧れる心が少し頭をもたげてくるのだが、それが人生なんだ、生ある限り、頭痛と腰痛と煩わしさは消えることなどないのだ、そうして、時折訪れる不思議な瞬間、表現し難い至福のとき、それが人生さ、そう悟るほかない、明らめるよりほかない。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
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無題 への2件のフィードバック

  1. 老八 より:

    皆一緒です。きっと!

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  2. Chengsheng より:

    そう、みんな一緒だよね。そう思ったから書いたんだ。

    いいね

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