今の柔道は非スポーツ


 今、全日本女子柔道の監督が選手に対して暴力を振るっていたという問題が世間を騒がせています。誰かが、これは氷山の一角だと言っていましたが、私もそう思います。というのは、わたしもかつて剣道をやっていましたが、その時、先輩から後輩への暴力、或は指導者から学生への暴力は当たり前だったからだです。ただし、それは暴力と呼ばず、「しごき」と言っていました。

 わたしの友人がそういう剣道部を辞めようと思った時、先輩が言いました。「お前は剣道部に楽しみに来たのか?ここは楽しむところではないぞ。ここは苦しむところだ」このことばを聞いたら、もう抵抗できません。「部活動は楽しむものではない」このことばがずっと頭に残っていました。

 しかし、そののち、いろいろなことに気付きました。スポーツとは何か。大辞林に「楽しみを求めたり、勝敗を競ったりする目的で行われる身体運動の総称」とあります。また、別の本によれば、スポーツとは「遊戯 ・競争・肉体鍛錬の要素を含む 身体 や 頭脳 を使った行為」とあります。この「遊戯」「競争」「肉体鍛錬」の三要素を欠かしてはいけないのです。

 ところが、柔道や剣道などの武道にはどんな要素があるのでしょうか。伝統的な教え方ではやはり「精神修養の道」というのが主です。これは、スポーツの肉体鍛錬と異なっています。肉体も大切でしょうが、それより、精神を鍛えることが主要な要素なのです。競争や遊戯があまりありません。特に遊戯を主要な要素ではありません。

 剣道は「苦しむためのもの」という発想はこの「精神修養」という発想から生まれているのです。だから、暴力というより、精神を鍛えるために、体に罰を与えることも肯定されているのです。

 私は剣道部で一時間、石の上に正座させられたこともありました。これは非常に精神的な修養になりました。見方を変えれば暴力でも、こんなものが当たり前のように存在する伝統的武道において、今回のような問題が発生するのは、当たり前でしょう。そして、氷山の一角です。

 もしも、柔道や剣道などの伝統的な武道が「スポーツ」の仲間入りをしたければ、今後、「遊戯」という要素を取り入れなければなりません。スポーツと称しながら、伝統的な方法を断ち切らなければ、今後も問題は次々と起こるでしょう。

 今回の問題を起こした監督は「熱心な指導のあまり、今回のような問題が発生した」と多くの人が言います。本人も同じように言います。これはやはり今の柔道界が伝統的で、「非スポーツ」であることをはっきり示しています。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
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