〇銀も 金も玉も 何せむに まされる宝 子に如かめやも(『万葉集』)山上憶良(660-733)
《読み方》しろがねもくがねもたまもなにせむにまされるたからこにしかめやも>
《現代語訳》金銀も宝石も何になるでしょうか?どんな宝も子どもに及ぶだろうか、いや及ばない
山上憶良といえば今から1300年前に生きた人だ。この人の歌には子供を思う歌が多い。子の歌は次の歌の反歌である。
〇瓜食めば 子供念(おも)ほゆ 栗食めば まして偲(しの)はゆ 何処(いづく)より 来たりしものぞ 眼交(まなかい)に もとな懸りて 安眠(やすい)し寝(な)さぬ(『万葉集』巻5-802)
《読み方》うりはめばこどもおもほゆくりはめばましてしのはゆいづくよりきたりしものぞまなかいにもとなかかりてやすいしなさぬ
《現代語訳》瓜を食べていると子どものことが思われる。栗を食べているとさらに偲ばれる。どこからどういう因縁でやってきたのだろうか。目の前にしきりにちらついて安らかに眠ることもできない。
その他に私の記憶に残る山上憶良の歌といえば、以下のものがある。
〇憶良らは 今は罷らむ 子泣くらむ それその母も 吾を待つらむそ(『万葉集』巻3-337)
《読み方》おくららはいまはまからむこなくらむそれそのははもわをまつらむそ
《現代語訳》わたくし憶良は宴席を退出いたします。家では子どもが泣いているでしょうし、その母親もわたくしを待っているでしょうから。
《現代語訳》わたくし憶良は宴席を退出いたします。家では子どもが泣いているでしょうし、その母親もわたくしを待っているでしょうから。
今、家族の思いがどうだろうか。子供を産み落として、捨てた母親の話、子供を虐待して死なせた夫婦の話など、ニュースでよく聞くが、これは鬼畜にも劣る所業だ。本来、親はどんなことがあっても、どんなに年を取っても、子供を守るためならどんなことでも行うものだ。親に取って、子どもは何にも勝る宝なのだ。