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家の近くに竹林がある。時々散策する。竹林は私有地なので入ることはできないが、眺めるだけで、幻想的な気分に浸れる。なぜだろうかと思ったら、そう、高校生の時、授業で習った萩原朔太郎の詩「竹」の映像が残像のように残っているからだろう。

ますぐなるもの地面に生え、
するどき青きもの地面に生え、
凍れる冬をつらぬきて、
そのみどり葉光る朝の空路に、
なみだたれ、
なみだをたれ、
いまはや懺悔をはれる肩の上より、
けぶれる竹の根はひろごり、
するどき青きもの地面に生え。

※まっすぐに伸びる竹、竹が象徴するのは詩人の精神か?当時、人妻との恋に苦しんでいた詩人が、「いまはや(今はもう)」、「懺悔をはれる(懺悔を終えた)」。そして、その詩人の肩の上には「竹の根」、すなわち、苦悩し、痛む神経が地下に広がっているのだろう。

光る地面に竹が生え、
青竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より繊毛が生え、
かすかにけぶる繊毛が生え、
かすかにふるえ。

かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。

※スポットライトを浴びたような心、そこに詩人の精神がぐんぐんと伸びるが、その地下には病んだ神経が広がって、震えている。広がる竹の根のような毛細血管、あるいは神経が生えて震えている。だが、後半になると、かたい心の中から青空に向かってまっしぐらに伸びる上昇志向の詩人の精神なのだろうか。

※竹の音は「TAKE」 「生え」「たれ」は「ae」と押韻がなされている。その他にも「ふるえ」とエ段の音で終わる行が多い。それだけではない「繊毛」も「せんもう」と読むより「わたげ」と読ませたかったのではないか。詩全体を貫く「ae」の母音がリズムを作っている。

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wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
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