外国語学習-飛び込む


ぼくは英語を読むことができる。でも、英語で会話をしたり、発信したりすることができない。理由はわかっている。何しろ、高校時代の英語教師と来たら、ぼくより発音が下手だったのだ。

“I am a teacher.” “This is a pen.”というような発音をする日本人教師たちばかりだった。なんか違うと思いながら、ラジオやテープによる英語レッスンを聴いてみた。うちの学校の教師のなかにまともな発音できる奴はいないという結論に達した。そして大学入試、読めれば、というか、読んで意味が理解できればOKという入試。英語を話すことができなくても合格するというのが英語の入試だった。

以前、中国にいたときも、日本にいた時も、中国人の日本語教師がいて、その中の数人は日本語能力試験1級に合格したのに、日本語がほとんど話せないし、ほとんど聞き取れなかった。これで日本語能力1級だと言うのが信じられなかった。

ぼく、あるいは僕らの世代の日本人は、英語ができても、話せないという人たちが大勢いるだろう。戦後教育はこういう点において、何かが間違っていた。

“light” “right” “wright”

これらの発音が、みな「ライト」になる。明るいも右も書くもみんな「ライト」なのだ。その違いを知るまで数年かかった。

日本語を教えていて思う。発音はそこで生活しなきゃ無理だということ。ただし、日本で数十年すごしても、まだまだ日本語の発音ができない外国人がいる。中国で10年以上生活しても、中国語の高低アクセントも難しい発音もできない人もいる。

大事なことは飛び込んで、その中で生活することだろうか。それができなければだめだ。それに気づいたのは中国に行って、2年目のことだった。ある事務所に用事があって行ったら、相手は流ちょうな中国語で電話をしていた。電話が終わってから、その人に中国語で声をかけたら、何と日本語で返事してきた。何と日本人だったのだ。どうしてそんなに中国語が上手なのか尋ねたら、「飛び込むことだよ」と教えられた。

そうだ、食事を一緒にしながら、話せる限りの中国語をしゃべてみる。また、わからない言葉があったら、もう一度言ってもらう。そして、テレビでもラジオでもいい。毎日、耳にすることだと思った。最近は中国人と話すこともなくなったが、今もに中国語のリズムが耳に残っている。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
カテゴリー: エッセイ, 英語, 日記, 中国語 タグ: , パーマリンク

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