たかがペットされど・・・?


女性が交番に駆け込んで、我が家の男の子がいなくなったと言う。

警察官が詳しく聞けば、

年齢は1歳、名前は太郎。慎重は10センチぐらいだという。

どんな服を着ていたかと尋ねると、何も着ていないと答える。

尋ね人のポスターを貼ってもいいかというので、見ると、小鳥の写真だ。

また、自分の娘が死んだと哀しむブログもある。

聴けば猫だ。

これらは一昔前には笑い話だった。

今ではこれが笑い話ではすまない現実になった。

この現実がおかしいというのではない。

ただ、時代の変化に驚くばかりだ。

ペットはその人にとって大事な家族だという。

この気持ちはわかるし、時代は間違いなく変化している。

一方で、我が子を殺した父親が逮捕されると言う現実も数多くある。

人の子を殺す親がいる一方で、ペットが死んだと泣く大人がいる。

世界のどこかでは残忍な政府に子どもを殺されて泣く人たちがいる。

大量殺戮兵器を作る国がある一方で、ペットの死に嘆き悲しむ人たちがいる。

人の命、自分の子どもの命を軽々しく思う人がいるのは何だか信じられない。

どうにかならないものかと歯がゆくなる

 

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wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
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