死!


 金に不自由したことのない人、自己嫌悪に悩まされたことのない人には理解できないだろうが、ぼくには、貧しさ故に犯罪を犯す人や自らの能力や性格に不安を覚えた故に自死を選んだ人の心がわかるように思う。

 そして、貧しさ故の苦労や自己嫌悪の苦しみを知らない人の愚行や愚かな発言、それは病気に等しいもので、それが今の政府には蔓延しているように思う。貧しい人や心に苦悩を抱えている人の気持ちなど理解できない人たちが政権を担っているようだ。

 だが、ぼくは犯罪者や自死した人の愚かさも知っている。自分の生がどんなに貧しくとも、どんなに辛くとも、犯罪や自死は決して許されない。自死した親友に思う。残された者の哀しみをどれだけ考えただろうか。

 多くの人に惜しまれながら亡くなる人もいる一方で、少数の人に惜しまれながら亡くなる人もいる。どちらが尊いということはない。人の価値は惜しむ人の多寡では決まらない。「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。」価値は平等だ。

 ぼくは何度死ぬことを考えただろうか。それでも、そのたびにぼくを愛してくれる人がいたことを知って、自死から逃れてきた。今、思う、誰でも、必ず、一人以上の人に愛されている。己の死を悼む人がいるのだ。ぼくは幸いなことにそれに気づいた。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
カテゴリー: エッセイ, 日記 パーマリンク

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