本質の周りにまとわりつくもの!


 昔のことだが、ぼくの兄弟が優秀だからということで、取るに足りないぼくがまるで、虎の威を借る狐のような状態になったことがある。いつだってそうだった。兄弟の影がぼくの周りにまとわりついていた。兄は兄、ぼくはぼくですといつも言っていたが、なかなかこれが通じない。

 最近、内田康夫の小説を読み、ドラマを見ている。中でも浅見光彦シリーズとなると、地方警察署の刑事が最初は浅見光彦を見下していたのに、その素性を知って、突然態度を変えて、「浅見様もお人が悪い、最初からそうとおっしゃってくれれば」と言う。これはまさに権威主義だ。

 権威主義は大嫌いな考え方だ。人には上も下もないと思っているが、その周りにくっついている出身や、肩書きや、それに評判、さらには、最近ではツイッターなどで、その人に対する評価が、見方を左右するなんてとんでもない愚行だと思っている。そういう権威主義を内田康夫氏は褒め称えているのではなくて、あざ笑っているのだろう。

 かつての日本で、アメリカドラマが隆盛を極めていたころ、アメリカに憧れた。「コンバット」というドラマでドイツ人を愚かな奴と思っていた。中国にいる時、日本人を憎ませるように仕向けた戦争映画をたくさん見た。これは刷り込みに等しい。映画やドラマだけではなくて、教育によっても、多くの中国人や韓国人は日本人を憎むようにすり込まれているのだ。

 人は常にすり込まれる危険の中にいる。誰かが言った言葉で踊らされる。行動を誘導される。それほど、嫌なことはない。自分の感覚を信じたい。五つ星だとか、口コミだとかは全く信じない。策略にだまされてはいけない。ぼくは絶対に自分の五感しか信じたくないと思っている。

 具体的に言うと、どこの会社で働いているとか、どこの地方出身だとか、どこの大学を出たか、それだけで人をランキングするのはやめようではないか。実際に見て、会って、それで自分なりの判断をしようではないか。そんなことは当たり前なのだけど、誰もが、そんな付随する情報にに惑わされて、誰かを判断したり批判しているようでならない。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
カテゴリー: エッセイ, 日記 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中