メモ


 高校生の時、「先生の話は、一言漏らさず、全部メモしろ!鉛筆を置くな!」とうるさく言う名物先生がいた。彼は教師からも生徒からも嫌われていた。その理由はメモしろとうるさいからではなく、「自分は東大出身だから、こんな学校にいる教師ではない」と言っていたからだ。

 たしかにひどく嫌われてはいた。だが、今は、自慢する点を除けば、いい先生だったように思う。というのは、教師の話をすべてノートに書くようにと言ったことは、いい教えだったと思っているからだ。

 というのは、今、留学生に日本語を教えているのだが、以前、ぼくが言ったことをほとんどメモしておいて、授業後にメモを見せながら、「先生、これはどういう意味ですか?」と聞いてくる学生がいた。すごく優秀な学生だったことを記憶している。

 文字に残すことは重要な事だ。文化の発展のためには欠かせない。先人の知恵を確かめ、さらに発展させるのに必要だ。だがそればかりではない。個人においても、自分の足跡を確認したりできる。さらには、認知症の患者にとって、必要なことかもしれない。

 実を言うと、ぼくは認知症の母にメモをするように言っている。一度は「うん、わかった」と言っても数分後には言われたことも忘れている。文字は記憶を確かなものにする。

 僕自身忘れっぽい。メモをする。時にはメモした紙をも忘れる。しかし、効果はある。忘れることが減った。メモを見ては思い出すのだ。

 こんな当たり前のことをしない母に今日は厳しく言った。忘れてもいい。だけど、忘れて困ることはメモをしよう。当たり前のことを毎日言い続けている。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
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