目-人生の芸術!


 仏像を見ていて思うことがある。その顔は実に穏やかで包容力があり、まるで人生の理想像がそこにあるように感じられる。おそらく仏像を掘る彫刻家は、その顔、特に口元や目に、作者の思いを込めているのに違いない。

 ふと思う。人生も彫刻家が仏像を彫るように、顔に生きた証し、あるいは思いを込めなければならないのではないか。誰かが言った。「人は四十歳を過ぎたら、顔に責任を持たなければならない」と。人も彫刻家と同じように自分の顔を彫刻しているのだと思った。

 絵画や彫刻作品は作らなくても、人生そのものが芸術だ。その作品は顔だ。ただし、口元は笑っていても目は笑っていないことがあるように、口は人を欺くが、目は欺かない。目にはその人の心が、人生そのものも表れる。人は目元の皺に、その瞳に、人生を込めなければならない。

 どんな目をしているかで人生がわかるとしたら、どんな目がいいだろうか。若い頃は挑戦的、戦闘的な目もいい。だが、高齢になれば、慈悲に満ちた目がいい。狡猾な目、品のない目は持ちたくない。特に、誰もがマスクをしている今年はつくづくそう思う。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
カテゴリー: エッセイ, 日記 タグ: , パーマリンク

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