テレビドラマとクラシック音楽!


ぼくの母は、金田一幸助、十津川警部、浅見光彦シリーズなど、日本のサスペンスドラマが大好きだ。犯人は誰か、動機は何か、そんなことを推理しながら視ている。だが、最近、問題なのは、何度視てもストーリーを忘れてしまうことだ。それで、同じドラマを何度も繰り返し視ている。

時には、同じドラマを異なる役者が演じていたりするが、ストーリーは、ほとんど変わっていない。ただ、演出家や役者、それに、雰囲気や風景が違っているだけだ。それでも、母はストーリーばかりか、物語そのものまで、いや観たことさえ、近頃は物語中の事件さえ忘れてしまう。

母は、今日の昼、どこへ出掛けたか、時には出掛けたことさえも忘れてしまう。また、食事の後、食べたもの、いや、食事したことさえも忘れてしまう。昼間に見たドラマと同じものを夕方また視ても忘れてしまっている。役者が変われば、まったく新しいドラマに見えるのも当然のことだ。

隣で、スマホを覗きながら、テレビ画面をチラリチラリと横目で見ているぼくにとって、これらのテレビドラマは、まるで何度も聴いている音楽のように感じられる。指揮者の異なるクラシック音楽をバックグラウンドのようにして聴いている時と似たような気分になるのだ。

ドラマがクライマックスを迎え、主人公が決め台詞を吐く。すると、頭の中では、指揮者が汗を散らしながら、タクトを大きく振りだす。頭の中で最高の旋律が鳴り響いてくる。いよいよだ。謎解きが始まり、犯人が明らかとなり、クラシック音楽も静かに終りを告げる。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
カテゴリー: エッセイ, 日記 タグ: , , パーマリンク

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