真実が見えない


 日本でもワクチン接種が一気に進んでいるようだ。先週は、新宿の東京都庁でも、近くの市庁舎でも、大勢のスタッフが接種者を案内しているのを目撃した。オリンピック開催に向けて、国全体で難局を乗り切ろうとしている空気が伝わってくる。

 ところで、ワクチンを打つことに関して、危険だと訴える人たちがいるが、この人たちは何を見て、そう言っているのだろうかとこの頃、疑問に思っている。もしかしたら、誰かの発言を鵜呑みにして、拡散しているのではないかと思われてならない。

 「コロナはインフルエンザよりも恐くない」、「マスクには意味がない」、「コロナウイルスは存在しない」「ワクチンは恐ろしい」などという人たちが、日本にも、世界にもいるようだ。先日は渋谷駅前の交番の前で、「わたしはマスクをしたことがない。それでもコロナにかからない。コロナウイルスは存在しない」と拡声器で都民に訴えていた。

 確かに、世界全体が何と言おうと、彼らの意見が正しくて、世界中の多くの人が間違っているのかも知れない。なぜそう思うのかと言えば、中国で、最初にコロナウイルスの真実を訴えた医師が、中国政府から、デマを流したとして、逮捕されたが、当時、世界中の誰もが、コロナウイルスの恐ろしさを訴えた人より、中国政府の嘘を信用したはずだ。

 また、世界にとんでもない危機が迫っていると訴える少数派の人たちがいたとしたら、そういう人たちのことばを信じる人のほうが少ないだろう。それと同様で、少数の人の意見のほうが正しい場合もあるのに、誰も信じないと言うことは予想できることだ。そう思うと、コロナなんか存在しないという人の意見のほうが正しいのかもしれないと思う。

 実際に、わたしはコロナ患者をこの目で見たわけではない。見たこと以外は信じないとすれば、「コロナは存在しない」ということも真実に近いだろう。だが、コロナに感染して、苦しい時期を過ごしたという記者やタレントの話、それに、コロナ患者を抱える医師や看護師たちの話を、テレビの画面を通じて目にし、耳にして、さて、それらは嘘だと思うことはできない。

 「コロナは存在しない」と言う人たちは、世界で350万以上の人が亡くなっているというのも嘘だというのだろうか。アメリカやブラジルやインドで大勢の死者が出ているというのは嘘だというのだろうか。そうした情報よりも、誰か影響力のある人のことばのほうが信憑性があるというのだろうか。

 マスクの効果を信じないという指導者の国では、一年あまりの期間で、50万人の死者が出た。責任は重いだろう。またワクチンは恐ろしいという人たちが大勢いる国では、いつまでも、このコロナの脅威は消えないだろう。

 さて、実を言うと、私自身、ワクチンが恐い。インフルエンザのワクチンさえ打ったことがないのだ。ワクチンによって、どんな副作用があるか、考えると恐い気持ちがある。だが、世界全体でコロナウイルスを抑え込もうとして、ワクチン接種が進んでいる。自分だけは大丈夫だとは言えない。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
カテゴリー: エッセイ, コロナウィルス, 日記 タグ: , パーマリンク

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