隣を気にするな!


 先日、日本の陸上競技100メートル競走で、オリンピック代表を決める試合があった。その決勝レースには、10秒を切ったことのある選手が数名出ていた。誰もが9秒台の記録で争われるのだと期待したが、結果はみな10秒台で、低調な記録に終わった。

 昨日、3位に終わった選手が話していた。彼は9秒を切る日本記録保持者なのだが、なぜか実力が出せなかった。その理由を聞かれて、調整がうまくいかなかったという。また、スタートした後、前を走る選手が目に入り、抜かなければと思って焦ったという。

 これを聞いて思った。周りが気になって、自分の実力を出せなくなるというのは、人生においても同じだ。いつも競争社会にいる人間は周囲が気になって仕方ないようだ。例えば同期入社の社員たちは、誰が先に出世するか競争しているようだ。

 会社の社員寮に同期入社した社員がいて、その家族は出世争いが気になる。ある家の奥さんが言う。

 「隣の家のご主人が課長になったらしいわ。なぜあなたはまだ平社員なの?」

 出世レースで先を越されたご主人は焦る。奥さんが発破をかける。それだけじゃない、車などでもステータスを競い合う。この光景は、100メートル競走で隣の選手が前を走っているのを目にして焦ったという選手の光景と重なる。

 なぜ、人より先を行きたがるのだろう。競争社会の中で育った結果なのだろうか。誰が一番とか、どこが一番とかどうでもいいじゃないか。それより、もっと大事なことは、個人の中の成長だ。

 ぼくは、小さいころから、周りと比べられて、苦しんできた。教師からも親からも、優秀な兄弟と比較されて、劣等感を持ち続けた。今はそんな過去が本当に馬鹿らしい。人と比べる必要はない。それぞれ違う基準で、自分なりのベストを尽くせばいい。

 隣を走る人が気になって、焦ったという短距離選手には何だか少しがっかりした。こういう競技では心の成熟度が望まれる。マラソンも同じだ。格闘技などとは違う。自分なりのやり方でベストを尽くせばいい。そうすれば、自然と自分なりの成果が出せるはずだ。

 人生も同じだ。隣の人と比べて、勝ち負けを気にする必要はない。みんなが同じ基準の中で比較されるのはおかしい。それぞれの基準に従い、それぞれのやり方で、精いっぱい努力して生きていれば、誰が何と言おうと、嘆く必要などないのではないか。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
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隣を気にするな! への3件のフィードバック

  1. netdeduessel より:

    10秒を切る選手が日本に何人もいるのですね…

    いいね: 1人

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