生きる義務


「生きる権利」と言う人がいるが、それだと、権利を放棄してもいいような気がする。生きることは「権利」なんていうようなものではないような気がしている。生きることは「権利」というより、「義務」なのではないかと、最近思っている。

例えば、舞台の上で、失敗をしても、また、役を降ろされそうになっても、最後まで自分の役を演じきらなければならない。また、実際に降ろされたら、自分にふさわしい役を見付けて、演じ切らなければならない。決して、自分から降りてはいけない。

例えば、試合で、打ち負かされても、終わるまで、力を尽くさねばならない。厳しい状況になっても、最後まで逃げ出してはいけない。時々、逃げ出したくなることがあっても、決して、逃げ出してはならない。また、試合を台無しにしてはならない。

人生とは、こうした舞台や試合と似ている。だけど、生きることが義務なら、これほど息苦しく辛いものはない。だから、これを忘れて、楽しく生きよう、できるだけおもしろく生きようと、人は前を向いているのではないか。最近そんなことを考えている。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
カテゴリー: つぶやき, 日記 タグ: , , パーマリンク

生きる義務 への6件のフィードバック

  1. netdeduessel より:

    今回の100mリレー、残念でしたが、50m遅れても、100m遅れても、最後まで走って欲しかったと思います。

    いいね: 1人

  2. Shristy Singh より:

    Nice blog!
    Do visit to my blog and follow it if you like.

    いいね: 1人

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