宗教と国家


 世界を見れば、宗教が国の政治において、重要な要素になっている国はかなり多いようだ。最たるものはイスラム国家であり、その他を見ても、宗教は国家の重要な柱になっている。

 中国では「毛沢東思想」が宗教のようになっている。北朝鮮では、金一族を神のごとく扱っている。これを信じないものは国民ではないというほどだ。これは、思想が宗教化して、国を支配しているのと同じようなものだ。

 だが、日本においては「政教分離」と言う原則がある。政治は宗教と関わり合ってはならないという憲法がある。

 これは、19世紀の明治時代、日本が、国家と神道を密接につなげたことから、日清戦争、日露戦争、日中戦争、第二次世界大戦と進み、戦争時代を招いたことにつながった。その結果、1945年、大きな敗戦となった。

 第二次大戦後、その反省のもと、日本国憲法が作られた。これは米軍によって作られたという批判もあるが、それでも、平和を強く願った憲法である。その中に、政治と宗教は切り離されなければならないという「政教分離」の原則が示されている。

 政治と宗教を分離するということは、世界平和において重要なことだ。宗教が世界に戦争をもたらすことは多い。少なくとも、宗教は侵略や紛争と深く関わっている。そもそも、宗教を信じるもかどうかは基本的人権だ。

 しかし、今の日本政治はどうだ。現政権の自民党は韓国の「統一教会」と、公明党は「創価学会」と結びついている。そして、その統一教会とつながっていた元首相安倍晋三が国葬となるとは、まったく憲法違反を認めることになるのは否めない。

 世界中に求めたい。宗教は政治を支配してはいけない。宗教は争いのもとになるだけだ。宗教は庶民のためにある。決して、政治を利用してはならないし、政治も宗教を利用してはならない。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
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