人の死について


 人が死ぬと、悲しい。ただ、その悲しみは誰の死であれ、同じく悲しい。その悲しみは地位や財産に関係なく悲しい。

 強いていえば、近親者の死は特別だ。親しくしてきた分、特別な思いがある。近親者以外の死については、親しくした思い出がない。

 近親者ではなく、有名人が死んだといって、それはそれなりに悲しいだけで、特別に悲しく思ったことはない。有名人の死より、車に置き去りにされて熱中症で亡くなった児童の死の方が悲しい。

 人間の命の価値において、地位や貧富の差は関係ない。それを格付けするのはどうにも我慢できない。

 たとえば、庶民は親戚の葬式に数十万円使う。簡単な葬儀さえ、てきない場合もある。一方、疑惑だらけの元首首の葬儀を国葬にして、何十億円かけるなんて、信じられない話だ。

 わたしは人間の価値を地位や名誉や資産で判断するこの世の中に納得できない。

wildsum について

I am a Japanese language teacher. I like to soccer and cooking,walking.
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人の死について への2件のフィードバック

  1. Nekonekoneko より:

    パチンコクソ親の犠牲になった子供達については酷く悲しい感情を持つが、遠国のクソババアのお亡くなりになった事情はあまり悲しくないというのが正直な気持ち🐥ウフ🦑

    いいね: 1人

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