LIFE!


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最も輝く時もある。

最も醜い時もある。

道端にあって目立たない時もある。

日陰にあって誰の目にも止まらない時もある。

多くの人に愛される時もある。

多くの人に嫌われる時もある。

だが、いつだって、誰かに愛されている。

花か実か?


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冬ながら白くて美しい花のようなものを見つけた。

ただ、これが花なのか葉なのか、実なのかわからない。

草花に関しては好きなのに、無知だ。

とりあえず、美しいものを美しいと感じる心だけは持っている。

そして醜いものは醜いという心も持ち合わせている。

例えば、どこかの国の大統領のことば、薄汚い言葉!

例えば、テレビで御笑いを誘う下品な言葉たち!

醜いものは醜い、下品なものは下品だ。

正しいものは正しい、間違いは間違いだという心だけは

決して忘れないようにしたいと思う。

おや、こんなところに美しい花が咲いている。

そう思う心こそ、今忘れてはならない心だ!

道端の花々!


団地の中を散歩すると、道端の至るところに小さな花が咲いている。

咲いている花を見つけては何かうれしくなる。

しかし、人はどうして、花を喜ぶのだろうか。

人は年を取り、若い頃、持ちえた花のような身も心も色あせて行く。

そして、過ぎ去った時、失った色は二度と戻らない。

それに引き換え、花は毎年咲いては散り、散っては開く。

何百年たっても、同じ花を咲かせる。

ただし、花にも個体がある。

個体は数十年、数百年を経て死に絶え、次の世代へ引き継がれる。

それは、人間も同じだ。

人も生れてから数年から数十年、時には百数年を経て、

事故であるいは老衰により死に絶える。

そして次の世代に継がれる。

そう、花が人も一つの個体が継がれる。

だが、人は個体として、目の前の美しい花に嫉妬する。

しかし、嫉妬する必要はない。

己一人の個としての命を精一杯生き、その虚しさを思わず、

想像を超えた巨大な魂の歴史の中の短い時間を一生として与えられているのだと思うことだ。

花も同じなのだ。何千年の歴史の中の一つの姿として、今、目の前に咲いているのだ。

今日から少し衣替えをします。


このブログでは、写真をこれ以上乗せられないようなので、今日から、このサイトではサッカー応援とポエムを中心に書いていきます。
散歩サイトは
http://wildsum.blogspot.jp/?zx=bf601e9b8afdaa9e
に移行します。

これまでの写真は変更せず、ここに残します。

台風一過


台風一過、気温は一気に上昇したが、まだ風が強い。

耳を澄ますと、

セミの声、車やバイクの音に交じって

風の音、揺れる木々の音が歌声のようだ。

ヒューヒュー、ザワーザワー、ビュービュー、ザーッ、ザーッ。

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