過小評価


Too many people overvalue what they are not and undervalue what they are.

/ Malcolm S, Foebes

多くの人は現実とは異なる自分に憧れ、真の自己を捨てる。その結果、望まない結果に至る。自分自身の真の姿を過小評価している。

自分自身を過小評価するなかれ!本来の自己を捨ててはいけない。大切にしなければならない。

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愛のない世界


特別に愛する人はいない。

誰も彼もぼくの愛する人であり、同時にぼくにとって他人だ。

妻も子供も、母さえもぼくの真に愛する人ではないのかもしれない。

そう思えてならない。

テレビドラマの世界はぼくにはない。

そして、ぼくはぼく自身をも愛していないように思う。

世界の何をも愛していない。

愛のない世界!

もしも、永遠の愛などというものがあるとするなら、

それはおそらく母の息子に対するものだろう。

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下車!


新宿の職場を出て、駅に向かう途中、若者が二人すれ違いざま、言った。

「回家了(hui2 jia1 le)!」

自転車に乗って横を通り過ぎた女性が携帯で話している。

「対(dui4)!対!対!」

電車に乗っていたら、空いた席に中年女性が座った。

その前に立っていた中年男性が言った。

「下車(xia4 che1)!」

女性は「知道了(zhi1 dao le)!」

ここは日本なのだが、日本語より中国語のほうがよく耳に飛び込んでくる。不思議でならない。

彼らならこんな状況を「奇怪(qi2 guai4)」と言うだろう。

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なん?


冷蔵庫の中にインドの「ナン」が入っていたので、母に言った。

「明日の朝はナンにしようか。」

母の返事は

「肉まんがあるでしょ!」

だった。

「だから、ナンにしようって言っるんだよ!」

こういうのってよくある話だ。

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何のために食べる?


食べるのは何のため?

生きるのは何のため?

働くのは何のため?

いろいろな疑問が湧き起こる。

小さいころ、まったくわからなかった。

今、少しわかってきたように思う。

それは生きることが前提にあつて、

そのために何かをするのだということ。

与えられた生を精一杯生きて、

その上で生をよくすること、

そして、生きるために働くのであり、

生きるために食べるのだということだ。

生きることに理由は要らない。

生きている以上、生きるのだ。

そして食べること、働くことは

すべて、よりよく生きるためにするのだ。

楽しむために食べる人。楽しむためにハンターする人もいるが、

ぼくはより良く生きるため、

ただそれだけのために

食べて、働いている。

 

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POEM!


詩において最も大事なことは自分をよくよく見つめ、心に嘘をつかないことだ。飾りはいらない。素直で正直になることだ。建前なんて、全く排除することだ。ぼくの心の中にある真実を語ればよい。真実の叫びを詩と言うのだから。

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未来の自己!


後悔は尽きないものだ。

あの時こうしていれば、今とは違った人生だったと。

しかし、戻ることはできない。

一回性の人生なんだ。

現在のぼくは過去のぼくが作ったもの。

もう一度作り直せないもの。

だったら、未来を見るべきだ。

未来のぼくは誰が作るかというと、

もちろん、今のぼくが作るのだから

ぼくは今この瞬間から、

未来のぼくを作る必要がある。

 

 

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息を抜く!


私のモットーはいつだって全力投球だった。どんなときにも全精力をつぎ込んで誠心誠意勤めることだった。

今日、お寺さんからもらったカレンダーをふと見てみると、そこにはこう書いてあった。

息抜く力は生き抜く力

これには驚いた。全力投球はだめですよと言われた気分だ。

息を抜くことの重要さを感じた。そう、常に全力投球でやっていてはいけないのだ。それでは生き抜けないのだ。時々息を抜く、すなわち、緊張を解いて休息することが大切なんだ。そうすれば、わたしのこれまでの失敗もなかったかもしれない。

そうなんだ!全力投球なんてやってはいけないのだ。息を抜くことの重要性を再確認できた。

 

 

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地下鉄(2)


地下鉄に乗って、都心の駅に着く。

地上へ出るまでどれだけの階段を上るのだろうか。

数えたことはないが、100段から200段はありそうだ。

かなりの苦行だ。

地上へ出て、ようやく大洋を拝める。

毎日のように利用する地下鉄に乗っている時間はおよそ30分。

その30分は地下生活だ。

地上へ出た時にふと感じるのは近未来だ。

近未来のいつか、地球がおかしくなり、地上では住めなくなるかもしれない。

そう思った時、この数十分の地下生活にも慣れる必要があるということだ。

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探す!


小さい頃からいつも探しものをしている。僕の身の回りにはブラックホールがあるのかと思ったほどだ。

かつては、一万円をどこにしまったか忘れて、四畳半一間の中を探したが、見つからず、またあるときはカメラをどこにしまったかわからなくなり、部屋中を探した。

どれもこれもいつだってほとんど見つからない。恋人を探したり、仕事を探したり、友達を探したりもしたが、やはり簡単には見つからない。

今、探しているのははっきりと言葉で言い表し難いものだ。生きてく上で必要な何か。これが自分だと言えるような何か。これがあるから生きていると言えるような何か。たが、何とも表現し得ないものなのだ。

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