ゴッホの銃


ゴッホが自殺に使ったと思われる銃が1980万円で落札されたという。ゴッホは生前認められることなく亡くなった。

人はみな生きている間に人から認められたいと思っているようだが、自分の生き方を信じていれば、人に媚びる必要もない。人に認められないからといって恨む必要もない。人に認められている誰かを妬む必要もない。

恨んだり妬んだりする心は不幸の元凶だ。友人や家族とともにささやかな喜びを共有できることこそ幸せだ。

ただ、ゴッホのものらしい銃が高額で落札されたことを妬む気持ちもないが、それでも、何だか世の中おかしいんじゃないかと思われてならない。

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爺さん婆さん!


じいさんばあさんは知っている。

おじさんやおばさんたちが半世紀前、かわいい赤ちゃんだったことを。

じいさんばあさんは知っている。

青年たちが四半世紀前に人々を笑顔にする可愛らしい赤ちゃんだったことを。

じいさんばあさんは知っている。

どんな極悪人もかつてはまったく汚れのないかわいい赤ちゃんだったことを。

じいさんばあさんは知っている。

誰もが産まれた時、かわいくて素敵な赤ちゃんだったことを。

じいさんばあさんは知っている。

かつて、自分自身も無垢な赤ちゃんだったことを。

じいさんばあさんは知っている。

みんな生きている間にいくつもの罪を犯してきたことを。

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真実!


見た目の美しいものは本当に美しいとは限らない。

多くの場合醜いものであることが多い。

見た目の醜いものは本当に醜いとは限らない。

多くの場合美しいものであることが多い。

真実は見た目ではわからない。

見た目にだまされることが多いのがこの世界だ。

お得だと言うコマーシャル、無料だというコマーシャルのほとんどは得ではない。

真実はいつも隠されている。

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最高の幸せ者!


愚か者だけど、誠意はある。

忘れっぽい人間だけど、一生懸命。

損得勘定ができない。

精いっぱい人のために頑張る。

金は必要なだけあればいい。

高くて美味しいものは要らない。

地位や名誉には関心がない、

関心があるのは家族の幸せ。

幸せの定義に金は必要ない。

トルストイの描いたイワンのような、

馬鹿者こそ最高の幸せ者だ。

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仮想世界


最近、ぼくの人生が幻のように見えてならない。

実は、この人生、高次元の世界に住む、所謂「神」のような存在者の一人が息抜きのために見ている夢のような仮想世界の中に存在しているだけのことなのかもしれないなどと思えてならないのだ。

その「神」が仮想を止めたら、ぼくは最初からいなかったことになる。人生なんてそんなものかもしれない。

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愚民化政策!


ある人が言った。

「21世紀の各国支配者たちは意図的かどうかは知らないが、愚民化政策に徹しているようだ。人々は政治より、発展性のない、無意味なゲームやアイドルに夢中になっている。」

この腐った世界には、そろそろ天と地がひっくり返るような革命が必要なようだ。

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対岸の火事!


昨日の夕方、買い物に出ようとして、玄関から通路に出たら、すぐそばの山の向こうに黒い煙がのぼっているのが見えた。山の向こうが何街か、はっきりとはしないが、確か、大きな病院がある方向のように思えた。

不安に思いながらも、エレベーターで1階まで降りて、山の向こうを見たが、何も見えない。てくてくと歩いて、スーパーに向かう途中、消防車がサイレンを鳴らして通り過ぎた。やはり火事なのだと思いながら、買い物をして、外へ出たら、空をヘリコプターがいくつも飛んでいる。

その一つは上空に止まったまま動かない。ふと、東野圭吾の「天空の蜂」という小説を思いだした。まるで蜂のようにブンブンと音を響かせて天空に止まっている。ヘリコプターだけではない。米軍のオスプレーもそうだ、何だか上からぼくらを見下ろしている飛行体。

家に帰り着いて、7階から山の向こうを見ると、もう煙はのぼっていない。鎮火したのだろうか、被害はあったのだろうか。そう思いながら、ネットのニュースなどを見たが、何の記載もない。小さなボヤだったのだろうか。

あれこれ思っているうちに、ぼくらの世界に起こる事件というのは拾うべき事件とそうではない事件があるのだろう、ぼくは火事のことを知りたかったのだが、これは取るに足らない事件だったのだろうか。

ふと思い出すことば、「対岸の火事」。向こう岸で起こった火事は自分に禍をもたらす心配はないということから、自分に関係ない何の苦痛もないということだが、例えば、香港のデモは、日本人にとって、対岸の火事なのだろうか。

だけど、今、山の向こうで起こったと思われる火事は人ごとではない。「山の向こうの火事」と「対岸の火事」何もかもがつながっているように思えてならない。対岸の火事もいつか自分の世界の火事になるように思える。

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儲け話


うまい話には裏がある。

テレビCMで「今から30分だけ半額」とか、「初回に限り無料」とか、うまそうな話をしている。

誰かの儲け話に乗って、金を預けたりつぎ込んだりするのは溝(どぶ)に金を捨てるようなもの。

ギャンブルは儲かる、だれが?胴元だけがぼろ儲け。儲けた数人の顧客はいるものの、多くの顧客は胴元に貢ぐばかり。

儲け話には裏がある。

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無欲!


幼い頃からいつも我慢してきたから、

不要な欲望を抑えるのに慣れている。

欲望は心を沸き立たせ、沸騰させる。

だけど、欲望には切りがない。

求め続ければ、争いが起こる。

欲望は少なければ少ないほどいい。

百円の皿があれば、美しい皿は要らない。

無用で美しい絵もテーブルも要らない。

とはいえ、世界中が無欲になったら、

世界の経済も発展しないだろうから、

ぼく一人が無欲で平和でいればいい。

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日陰の道!


華やかな人生、裕福な人生には苦痛が伴う。

セレブの人生もそうだが、

スポットライトを浴びる人たちに安らぎはあるのだろうか。

眩しいスポットライトは要らない。

穏やかな生活があればいい。

穏やかに過ごすには注目を浴びすぎてはいけない。

不要な財産や名誉や地位、それに、

眩しい日差しも晴れやかさも要らない。

静かで穏やかな日陰の道を歩きたい。

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